安定感のあるnikibi
自身で開発した化粧品や、白身が推奨する化粧品、医薬品を使用して治療するクリニックもあります。
医師(ドクターであれば、薬事法上、まだ許可されていない成分や配合量の化粧品でも、販売することができます。
つまり、一般の化粧品にはないシヤIプな効果を出す化粧品を販売することができるのです。
こういったクリニックの化粧品の効果が口コミで広がり、コスメ誌や女性誌で、ドクターの推奨する化粧品として「ドクターズコスメ」と名付けられ、紹介されるようになりました。
医師のもとでのみ許可される成分にもかかわらず、コスメ誌などはパブリシー石として記事にしたため、一般の化粧品では許されない薬事法の表現範囲を大きく逸脱した表現が誌面を賑わし、ドクターズコスメヘの過度な期待を高めていきました。
こうした皮膚科医が独自に開発した化粧品をベースに、一般市場でも販売できる処方基準でブランドが作られ、化粧品業界には「ドクターズコス治療の一種)を医師のもとでしか施術できないよう規制したので、クリニックがますます優位となっている。
ドクターズコスメとは、広く定義すると「皮膚科医が開発に関わった商品」となります。
皮膚科医自身が開発、監修したブランド、皮膚科医が製薬会社や化粧品会社と共同開発したブランドが本来のものですが、その定義は曖昧なもので、クリニックを中心に流通している市販ブランド、皮膚科医が名前を貸して推奨しているだけのブランドなども、ドクターズコスメといわれます。
最近はブランド名に「ドクター」と付けただけのブランド。
もあります。
このように曖昧な定義のまま、市場が膨らみ、医師やクリニックの推奨文だけを付けたブランドが「ドクターズコスメ」と銘打って販売され、専門の医師が真剣に開発した化粧品と混在しているのですから、際、玉石混交の状況で、ドクターズコスメ製品の肌トラブルなども多発しているようです。
ドクターズコスメは二〇〇〇年に入り急速に伸びましたが、このように、皮膚科医が開発に携わった化粧品ブランドは以前からありました。
例えば、フランスの「ROC」や「パイヨ」などもドクターが開発した商品です。
米国でも、ドクター開発のスキンケアが伸びていました。
日本では、七〇年にS井麟氏が肌の刺激をできるだけ少なくする「リンサクライ」を発売していましたし、I井橿次郎氏が開発した「MD化粧品」などもありました。
ピアスグループ。
の「アクセーヌ」も、皮膚科医との共同開発という点でドクター開発の化粧品といえるでしょう。
現在のドクターズコスメブームの代表となるのは、やはり「ドクターシーラボ」です。
ドクターシーラボは、九八年に皮膚科医のJ野親徳氏が開発したシリーズです。
人気アイテム「アクアコラーゲングル」を中心に大きく売上を伸ばしました。
「アクアコラーゲングル」は、一品で化粧水、乳液、美容液、化粧下地の効果を持つ商品として、人気を博しています。
○五年には東証を納めました アメリカの皮膚科医Dr・オバジ氏が開発した「オバジ」も好調に売上を伸ばしています。
「オバジ」はもともとオバジ氏が独白開発した商品を米国で販売しており、日本でもクリニックなどで輸入販売されて、その効果の高さが口コミで広がりました。
ロート製薬がDr・オバジと共同開発し、新たにこのオバジシリーズを焼き直しました。
ロート製薬による販売ルートの開拓、販売店の指導、整備が行われ、こちらも急成長しています。
エステティックサロンも化粧品物販に力を入れようとしています。
中には低額の施術料で集客し、化粧品販売で利益を出すサロンもあります。
エステティックでの化粧品販売が拡大しており、新しい流通を形成しています。
九〇年代の大手エス言石。
クサロンの成功モデルとしては、派手な広告や強引なキャッチセールスなどで、高額な会員券を購入させるというものでした。
ネッ卜ワーク販売と同様、販売方法に問題ありということで、「特商法で規制をされるようになりました。
その間、大手エステティック会社が倒産するということもありました。
エステティック経営において問題となるのは、大きな初期投資と人件費です。
サロン開設にはイメージを上げるための凝った内装と、施術のための高額な機械への投資が必要です。
さらに施術は軽労働ではなく、人件費もかかります。
賄っていくには、いままで成功したビジネスモデル以外の新しいモデルが必要になります。
そこで多くのエステティックサロンが、化粧品の販売に力を入れるビジネスモデルに切り替えています。
エステの施術による売上比率は落として、化粧品物販の比率を高めようとしています。
化粧品販売は施術ほど労力がかかりませんし、物販のみのリピートがあり、来店頻度も向上します。
エスティクサロンで取扱う化粧品は、ほとんどが卸値五〇%以下の掛率、中には三〇%前後の掛率もエステティックサロンでの化粧品販売あるようで、収益性がとても高いのです。
訪問販売からも、ポーラのエスティンのように、低額の施術料を武器に集客を図って、化粧品の物販で利益を出そうとするビジネスモデルも出現しています。
中には施術三〇%、物販七〇%の比率を目指して成功を納めているエステ。
低額な施術料で集客を図り、実際は高額な化粧品を売りつける。
というやり方です。
表向きはエスティクサロンですが、実際は化粧品販売店です。
このようにエステーアー。
ク業界においても、化粧品販売は、いまや必須の販売商材となっています。
韓国ではM−SSHAというチープコスメが大流行しています。
SPAのビジネスモデルを使った手法で、今後注目すべき事例です。
現在、韓国の化粧品業界が騒然としています。
ソウルの若者の街、明洞には三三〇〇ウォン(三二〇円)で、スキンケアやメイクアベフが売られる化粧品専門店が続々と登場しています。
安かろう、悪かろうの商品と思いきや、通常の化粧品にも劣らない品質ということで大人気です。
日本の旅行者も大勢、この韓国コスメをお土産に買っていくそうです。
韓国チープコスメの火付け役になったのが「MISSHA」です。
MISSHAがもともと参考にしたのは日本のユニクロのビジネスモデルです。
製造小売業(SPA)は前章でも説明したとおり、製造者が直接、自社小売店で販売することで流通コストを削減し、サプライチェーンを築くというビジネスモデルです。
MISSHAは、最初、韓国の化粧品会社が自社で製造した商品を、インターネッ卜で販売しました。
韓国はもともと日本よりもインターネッ卜が盛んな国ですから、このかわいくて安く、品質のよい商品は大ブレークしました。
インターネッ卜ではMISSHAのメイクアップを使って、自分が変身したところを披露し合うことも流行しました。
MISSHAのサイトは完成度が高く、とてもクールです。
MISSHAはインターネッ卜での人気を受け、明洞に直営店舗を開設、全品三三〇〇ウォンが大人気となりました。
テレビコマーシャルも積極的に行い、日本でも人気のBOAやウォンビンなどを起用して、さらに人気に拍車をかけました。
米国、日本への進出も計画しているという。
MISSHAは明洞に続き、全国各地に直営店を開設、さらに香港などのアジアの国々に出店、進出していきました。